Last Updated on 2025年2月9日 by 渋田貴正

限定承認に支障が出そうなケース

相続における「限定承認」は、相続財産のプラスとマイナスを精査した上で、債務超過の場合でもプラスの範囲内で責任を負うことができる制度です。しかし、この制度を利用するには相続人全員(相続放棄をした者を除く)の合意が必要であり、場合によっては手続きがスムーズに進まないこともあります。相続人の人数が多いほどに話がまとまらなかったり、そもそも一部の相続人に限定承認するのに差し支える事情が発生したりするケースがあります。

限定承認の可否が問題になるのは、主に以下のケースです。
1)相続人の一部に法定単純承認事由が発生している場合
2)相続人の一部について熟慮期間が経過している場合

相続人の一部に法定単純承認事由が発生している場合の限定承認

法定単純承認については以下のとおり定められています。

法定単純承認

民法 第921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす

  1. 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
  2. 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
  3. 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

簡単にまとめると、法定単純承認が発生するのは以下のケースです。

  1. 相続財産の全部または一部を処分したとき
  2. 熟慮期間(原則として3か月)内に限定承認または相続放棄をしなかったとき
  3. 限定承認または相続放棄をした後に、相続財産を隠匿・消費したり、意図的に財産目録に記載しなかったとき

一部の相続人が、例えば相続預金を私的に消費するなどして法定単純承認事由が発生していると、限定承認はできなくなるのではと思われます。

この点は、家庭裁判所に限定承認の申し立てをした時点で、すでに一部の相続人が相続財産を処分したことが明らかであれば限定承認はできないという扱いになっています。一方、限定承認の申し立てが家庭裁判所に受理されたあとに相続財産の処分の事実が分かった場合には、限定承認の申し立て自体は有効に扱われます。ただし、相続財産の処分をした相続人については、限定承認をした場合でも、みずからの法定相続分の範囲で相続債務を弁済する必要があります。

相続人が子A,子Bで、プラスの遺産が300万円で相続債務が500万円のケースで、Bに単純承認事由が発生している場合を例にとってみましょう。

  • Bが相続財産の一部を処分(例:預金を私的に使用)していた場合
    • Bは単純承認したとみなされ、限定承認できなくなる
    • Aは単独で限定承認できず、通常の相続か放棄を選ぶしかない
  • Bの財産処分が申立て後に発覚した場合
    • Aは限定承認の効力を得られる
    • Bは自身の法定相続分(250万円)の範囲で債務を弁済する義務がある

この場合限定承認ができたとしても、Bは250万円の相続債務の弁済義務が発生するということになります。(Aは限定承認の効果で、相続するプラス財産150万円の範囲で相続債務を弁済すればよいということになります。)

相続人の一部について熟慮期間が経過している場合の限定承認

熟慮期間とは、相続人が相続を「単純承認」「限定承認」「相続放棄」のいずれを選択するかを決定するための猶予期間で、原則として自己のために相続が開始したことを知った日から3か月以内とされています。

相続人によっては、相続が開始したことを知った時期が異なるため、個別に熟慮期間が異なる場合があります。そのため、場合によっては限定承認を申し立てようとする段階で、すでに一部の相続人について熟慮期間が経過していることもあり得ます。

この場合では、その他相続人が熟慮期間内であれば、熟慮期間を過ぎてしまった相続人を含めて、相続人全員での限定承認の申し立ては可能となっています。ただし、すでに単純承認の効果が発生している場合(前述の法定単純承認事由が発生している場合)は、その相続人を含めた限定承認はできません。

限定承認を行うべきかどうかの状況判断は、さまざまな検討事項があり複雑です。相続が発生して、限定承認をお考えの場合はぜひ当事務所にご相談ください。