Last Updated on 2025年1月8日 by 渋田貴正
当事務所には、海外に居住しながら日本でEC(電子商取引)ビジネスを立ち上げたい方からの相談を数多く承っています。現地で人気の商品や特産品等を日本に輸出して、それを日本のECサイトなどで販売していくというビジネスです。
そこで、皆さんが迷われているのが、会社を設立すべきか個人事業主で立ち上げられるのかといったことです。この場合、法人税と所得税のどちらが得かという税金のこともありますが、そもそも最初に気にしなければならないのが、個人事業主形態で行う場合に、日本での個人事業主形態を選択できるのかということです。ビザの関係等で海外での個人事業主(self employed)の形態が採れないなどの理由で日本側で開業したいというニーズは多いのですが、それが認められるかどうかについて検討が必要となります。
多くの国との間で租税条約を締結しているため、租税条約締結国を前提に話を進めます。
ECビジネスにおける恒久的施設の判断基準
そもそも租税条約上、どのように恒久的施設を定義しているかについては以下のようになっています。(OECDモデル租税条約)
恒久的施設(Permanent Establishment, PE)とは、主に税金の分野で使われる用語です。企業が外国や特定の場所で継続的に事業活動を行っていると認められる拠点のことです。この施設があると、その場所の国で税金を支払う義務が生じる可能性があります。漢字としては難しいですが、日本に恒久的施設があると判断されれば日本で個人事業主登録できるというくらいに思ってもらえればと思います。
第五条 1 この条約の適用上、「恒久的施設」とは、事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は一部を行っているものをいう。 |
恒久的施設とみなされるためには、「事業の場所」が事業を行うために利用可能であり、企業の管理下にある(企業の自由になる)場所である必要があります。
ウェブサイト自体はソフトウェアであり有形資産ではないため、物理的な「事業を行う一定の場所」として扱うことはできません。このため、ウェブサイト単独では恒久的施設とはなり得ません。一方で、ウェブサイトが格納され、アクセス可能なサーバーは、「事業の場所」となり得る有形の機器であり、そのサーバーを運営する企業にとって「事業を行う一定の場所」と認められる可能性があります。
海外在住の人や海外企業がホスティング契約によってインターネットサービスプロバイダー(ISP)のサーバー上にウェブサイトを設置して事業を行っている場合、そのサーバーやウェブサイトの設置場所はその事業者の管理下にあるわけではありません。単に他の企業が設置したサーバーの利用権を持っているだけです。この場合、「事業の場所」として十分な要件を満たしていないことになります。つまり、単にホスティング契約を結んでいるだけでは、企業は恒久的施設を保有しているとはいえないということです。
これに対して、事業者が自己所有またはリースしたサーバーを保有し、そのサーバーを用いてウェブサイトを運営している場合、その他の要件を満たす限り、そのサーバーの設置場所は恒久的施設と認められる可能性があります。
つまり、この時点でまず言えることは、ECビジネスを日本で立ち上げる場合、自己所有やリースなどでサーバーを日本に保有していない場合には日本で個人事業主登録することはできないということです。
サーバーが恒久的施設と扱われる要件
条約上、恒久的施設は事業を行う「一定」の場所とされています。「一定」というからにはサーバーが十分な期間、特定の場所に設置されている必要があります。事業者がサーバーやその他の設備を保有している場合、それを通じて企業の全部または一部の事業が行われているかどうかを判断する必要があります。そのためには、企業がその設備を事業遂行のために十分管理しているかどうかが重要です。
租税条約上、事業を行う一定の場所を通じて企業が事業を行う際、通常はその場所で企業の従業員などが活動していることが想定されています。しかし、ECビジネスは特別扱いされていて、従業員等が介在しなくても、特定の場所に設置されたサーバーなどを通じてビジネスを回すことができる場合には、恒久的施設が存在すると認められます。
サーバーの活動の性質による判断
サーバーが設置されている場所が恒久的施設とみなされるかどうかは、行われている活動の性質によって異なります。準備的または補助的な活動に限定される場合、恒久的施設とは認められません。しかし、その活動が企業の事業全体の本質的または中核的な部分を構成する場合、恒久的施設と判断されます。ただこれだけだと、何が本質的で何が補助的なのか分かりにくいので、具体例を表にすると以下のようになります。
分類 | 活動の具体例 | 判断基準 |
---|---|---|
補助的活動 | – 顧客との通信リンク(例:電話線やメール)の提供 | 主な事業活動をサポートするだけであり、企業の中核的なビジネスには直接関与しない活動。 |
– 商品やサービスの広告 | ||
– ミラーサーバーを使った情報の中継(セキュリティ目的など) | ||
– 市場データの収集 | ||
– 顧客への基本的な情報提供 | ||
本質的活動 | – サーバーを利用して他社のウェブサイトをホスティングする事業(例:ISPが自社のサーバーを運営して顧客にサービスを提供) | 企業の主要な商業活動の一環として、顧客との直接的な取引やサービス提供に関わる活動。 |
– 電子小売業者(e-tailer)がサーバーを用いて契約締結、支払い処理、商品配送などの販売関連機能を実行する活動 | この活動が企業の事業全体の中核的な要素であり、単なるサポートではない。 |
補助的活動は企業の主要な事業を支えるものであり、必ずしもその事業の中心ではありません。この場合、サーバーの設置場所は恒久的施設とみなされないことが多いです。
本質的活動は、企業の中核的なビジネスに直接関連し、その事業を支えるためだけでなく、事業の実施自体に不可欠な役割を果たします。この場合、サーバーの設置場所は恒久的施設とみなされる可能性が高くなります。
電子小売業者(e-tailer)が、広告やカタログの表示、情報提供のみを行う場合は準備的または補助的な活動に該当します。しかし、顧客との契約締結、支払い処理、商品配送などを自動的に実行している場合、その活動は本質的な事業機能とみなされ、恒久的施設が存在すると判断されます。
代理人による恒久的施設の判断
ISPは通常、他社のウェブサイトを自身のサーバーにホスティングするサービスを提供しますが、契約の締結やそのための主要な役割を果たさないため、独立した代理人とみなされます。このため、ISPはウェブサイトの所有企業の代理人とはなりません。また、ウェブサイト自体は法的に「者」に該当しないため、企業に代わって行動する主体として恒久的施設として扱うことはできません。
いろいろと書いてきましたが、海外在住の個人がECビジネスを日本で行う場合の個人事業主登録の可否については、簡単にまとめると以下の表のようになります。
条件 | 日本で個人事業主登録の可否 | 補足情報 |
---|---|---|
日本に住所や居所がなく、他社のサーバーを使用する場合 | 不可能 | 必要に応じて税務代理人を設置し、納税手続きを行う。 |
日本に住所や居所がなく、自前のサーバーを使用する場合 | 条件付き可能 | 恒久的施設として認められる場合は課税対象。代理人の設置が必要。 |
日本で法人を設立する場合 | 不適用(法人での事業運営が可能) | 法人設立の手続きとコストが必要だが、長期的には有効な選択肢。 |
自前のサーバーという時点でかなりハードルが高く、現実的には海外在住の方が日本でECビジネスを開始したいという場合は、日本での個人事業主登録はせずに海外の個人事業主として開業するか、日本で合同会社や株式会社を設立して開業するといった形になるのが通常です。
当事務所では、海外在住者向けの会社設立や税務サービスを行っております。お気軽にご相談ください!
司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。少しでも相続人様の疑問や不安を解消すべく、複数資格を活かして相続人様に寄り添う相続を心がけている