Last Updated on 2025年2月19日 by 渋田貴正
緊急管轄とは?
通常、日本の裁判所が国際的な相続関係の申立てなどを管轄できるのは、被告の最後の住所が日本にある場合などの明確なルールに基づいています。しかし、例外的に日本の裁判所で裁判ができる「緊急管轄」という概念があります。
これは、「本来、日本の裁判所に管轄権がない場合でも、特別な事情があれば例外的に日本の裁判所や各種手続きの申立てを行ったり提訴したりできる」という制度です。たとえば、外国の裁判所が管轄権を持っている相続上の事案について、外国の裁判所に申立てを行うのが極めて困難な場合や、日本と深い関わりのある事件の場合に適用される可能性があります。
緊急管轄が問題になる事案
どのようなケースで緊急管轄が認められるのか、具体的に見ていきましょう。緊急管轄が認められるのは、主に人事訴訟事件や家事事件に関する場合です。具体的には、以下のようなケースがあります。
✅ 相続放棄の申立て
✅ 失踪宣告を求める審判
✅ 成年後見・未成年後見に関する審判
✅ 離婚に関する訴え
✅ 婚姻の有効・無効・取消しに関する訴え
✅ 財産分与を求める訴え
✅ 親子関係(実親子・養親子)の確認を求める訴え
たとえば、外国で亡くなった被相続人の相続放棄を行いたいけれど、死亡した国の法律では相続放棄を行うのが非常に困難といった場合、日本で相続放棄ができる可能性があります。
緊急管轄が認められるケースとは?
緊急管轄が適用されるためには、以下の2つの条件を満たす必要があります。
① 外国で裁判をすることが不可能または困難であること
次のような事情がある場合、外国での裁判が難しいと判断され、日本で裁判を行うことが認められる可能性があります。
🔹 外国の裁判所が管轄を持たない場合
例えば、国際的な法律の違いによって、どの国の裁判所も担当できない(管轄の消極的抵触)ケースです。
🔹 戦争・自然災害などで裁判手続きができない場合
紛争地域で裁判を起こせない、裁判所自体が機能していないといったケースです。
🔹 外国の裁判所が機能不全になっている場合
腐敗や異常な遅延により、実質的に裁判が進まない場合です。
🔹 外国の判決が日本で認められない場合
外国で裁判をしても、その判決が日本で法的に有効にならない場合です。
🔹 当事者が外国で裁判をすると危険な場合
例えば、DVの被害者が外国で裁判を起こすと、加害者から暴力を受ける可能性があるケースです。
🔹 経済的な理由で外国での裁判が困難な場合(ただし慎重な判断が必要)
裁判費用が高額すぎて手続きができない場合も考えられますが、単に「お金がないから」という理由だけでは認められないことが多いです。
🔹 外国の法律が極端に不利な場合
外国の法律が日本人にとって著しく不利益である場合も、考慮されることがあります。
② 事件が日本と密接に関連していること
外国で裁判をすることが困難なだけでなく、その事件が日本と関係が深い場合に緊急管轄が認められる可能性があります。
✅ 原告または申立人が日本人である
✅ 原告または申立人が日本に住んでいる
✅ 事件の重要な証拠や関係者が日本にいる
✅ 子供の利益を考えるべき場合、子供が日本に住んでいる
例えば、日本人同士の国際結婚で、海外に住んでいたが離婚したいという場合、日本との関連性が深いため、日本の裁判所で離婚手続きを進められる可能性があります。
緊急管轄の条件についてまとめると以下のようになります。
条件(以下のいずれも満たす) | 具体的な事例 |
---|---|
外国での裁判が不可能または困難であること | ・外国の裁判所が管轄権を持たない ・戦争や自然災害で裁判ができない ・外国の裁判所が機能不全(腐敗・遅延) ・外国の判決が日本で認められない ・当事者が外国で裁判をすると危険(DV等) ・経済的理由で裁判が困難(慎重な判断が必要) ・外国の法律が極端に不利 |
事件が日本と密接に関連していること | ・原告または申立人が日本人 ・原告または申立人が日本に住んでいる ・事件の重要な証拠や関係者が日本にいる ・子供の利益を考慮すべき場合、子供が日本に住んでいる |
緊急管轄は明文化されている?
緊急管轄を法律で明確に定めるべきかどうかについては、意見が分かれています。そして現在の日本の法律では、緊急管轄に関する明確な条文は存在しません。つまり、緊急管轄については明文化されていないのが現状です。したがって、緊急管轄の問題は個別の裁判での判断に委ねられています。
例えば、過去の裁判例では「外国での裁判が極めて困難である」と認められた場合に、例外的に日本の裁判所が管轄権を持つと判断されたケースもあります(最二判平成8年6月24日など)。しかし、これは法律で定められたものではなく、個別の裁判での解釈によるものです。
内容 | メリット | デメリット | |
---|---|---|---|
明文化する | 外国での裁判が不可能・不相当であり、かつ事件が日本と密接に関係している場合、日本の裁判所が管轄権を持つことを明確に法律で規定する。 | ・当事者の予測可能性が高まる ・裁判の安定性が確保される ・国際的な法秩序を明確にできる |
・すべてのケースを網羅するのが難しい ・不適切なケースにも適用される可能性がある |
明文化しない(現状の日本の立場) | 特別な規定を設けず、裁判所の解釈に委ねる。 | ・柔軟な対応が可能 ・法律を頻繁に改正しなくても対応できる |
・裁判ごとに判断が異なるため不透明 ・当事者が日本で裁判を起こせるかどうか予測しにくい |
緊急管轄とは、通常は日本の裁判所が担当できないケースでも、特別な事情がある場合に日本で裁判を行える制度です。
✅ 離婚や親子関係などの人事訴訟・家事事件で適用される可能性がある
✅ 外国で裁判をするのが極めて困難な場合に限られる
✅ 日本と密接に関わる事件であることが条件
✅ 明文化するかどうかについては議論が続いている
外国で裁判を起こせない事情がある場合、日本での手続きが可能かどうかを検討してみる価値があります。
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司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。